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 富士登山

ポエム

 空と雲
 身憎さ

富士登山

2006年8月10日

待ちに待った念願の富士登山。
11月に結婚する彼と二人で計画した。
水ヶ原駐車場から40分、バスで5合目まで行った。
バスを降り、トイレへの階段でもうすでに、動機がした。
大丈夫かなと心配したけど、20分の休憩して元気になり
9時20分出発した。

富士宮口からの登山は初めてで、しょっぱなから岩の段差にすごく辛かった。それでも比較的すぐに6合目の宿があり、少し休憩してまた出発した。
私は結婚式を控えていたから日焼けしないように、タートルネックであごまで隠し長袖、長ズボンに帽子と完全防備だった。

彼は汗がすごくて辛そうだった。水分補給、暑さ調節に気をつけ、気を引き締めた。6合目からは、岩山で段差もすべる、ごろごろした石で登山を困難にさせていた。
軍手をはめ、岩をつかんだり、とにかく荒い山だった。
私はとにかく、段差を上るときなど息を止めないこと、高い段差があれば少し遠くても段差の低いほうから登ること、スピードを一定にしてマイペースに登ることを彼に言いながら、自分に言い聞かせながら登った。

マイペースさを言い聞かせないと維持できない難しさ。人生だってそう。自分のペースでいかないと、乱れ不安定になってしまうのに、回りの行動に焦り、上の評価に焦り、仕事の多さに焦り、その中で、マイペースを確実にやっていくことは難しい。

自分のペース、必要なペース分かっていても焦ってしまい、自分に言い聞かせる。
どうしてだろう。自分なのに、自分に言い聞かせる。
人生駆け足、急ぎ足、自分を見失う人もいれば、自分に飲まれる人もいる。自分にしか分からない自分、だから自分を保つことの難しい。みんな追い風にあおられすぎだ。

そんな人生論もちらほら考えながら、途中途中、休憩しながらゆっくり確実に頂上へとむかった。6合目が過ぎ、新7合目。結構な荒い山で岩場が多かった。彼はだんだんと疲れやすく、息を切らすことが多くなっていった。7合目結構身体が辛くなっていた。彼の汗は尋常じゃないほど流れ出て、ポタポタと大きな粒が顔からながれていった。

新7合目でポカリを買った。500MLで500円。驚くほど高いポカリ。でも彼の尋常ではない汗に水だけの補給じゃ熱中症になると思い、電解質の補充が必要だった。そして梅干飴玉をなめ、またさらに上を目指した。
そして7合目・・・さっきが7合目じゃなかったのと、落胆。彼のペースがゆっくりとなり、表情も歩き方も辛くなっていた。私は持ってもらっている水などを持ち、彼の荷物を少なくしたが、それでも彼は、まだ辛そうだった。
どうしたのかな・・・あまり体力がないのかな?くらいにしか思わなかった。ゆっくり歩き休み、また少し歩いては休みを繰り返していった。

10時半くらいにお腹が空き、スティックパンを食べた。すごくおいしかった。お腹が空いているのもあり、こんなにおいしく感じたスティックパンは初めてだった。
そしてまた歩き、休み歩き頑張った。彼のペースはさらにダウンし私も動機や頭の違和感、足の辛さなど、出てきたから、お互い自分のペースで行くことにした。
私はペースを一定にし、彼は少し歩いては休みまた頑張り、また休み・・・。この時は気付かなかったが、彼は高山病になっていた。今考えると、7合目から彼は高山病の中よく頑張ったなと、すごいと思う。

そして8合目が過ぎ昼ごはんをたべた。おにぎりにから揚げ、そしてしばらく休憩。彼は寝ようとしたけど眠れなかったみたいで、私は眠くて少し眠った。そして、また歩き始めたけど、彼は3メートル進みは少し休憩し、という感じになっていた。すごく心配してけど、少し休めば大丈夫になるっていうから、疲労なのかと思ってしまった。

そして二人の距離が広がり、私が少し彼を待って、また二人で歩き出す。でも彼はまた3メートルくらい。すごく心配になった。
「先に行って」という彼に、きっと私が一緒にいたら気を使って自分が辛くても頑張って歩いてしまいそうだから、私は彼のいうとうり、先に歩いた。少し待って彼がきて「先に行ってて、待ってなくていいからさ、 (私)がいると足ひっぱてるみたいで悲しくなるからさ」って・・・。
私は彼がすごく辛くて頑張ってるのに、何もできない、してあげられない辛さに、涙がでた。
二人で一緒に頑張ろうっていって、またゆっくり進んだ。

9合目が過ぎ残り跡わずかになると、私も辛さがでてきて、休憩を多く必要となった。
彼が後ろに見える。そして自分も頑張る。そして少し休み二人でまた歩き始める。それを繰り返しようやく頂上へと近づいてきた。

頂上まであともう少しというところで彼を待ち、二人で一緒に頂上へと最後の山を歩き出した。
彼の背中をみて、ゆっくりと頂上をみて最後を迎えた。

頂上の鳥居をくぐり、二人で喜んだ。よくがんばった。
やり遂げた充実感と頑張った精神力、自分をほめて上げられる気持ちだった。でもそれ以上に、あんなに辛い時間が続き頑張った彼をすごいなと思った。
頂上につき
 「今回の登山は、今後の人生、二人で数々の困難を   乗り越え頑張っていけるという、自信がついたね」 って結婚前に登った意味。二人で同じ辛さを味わい、二人で頑張ること。二人で乗り越える自信、絆の深さが改めて固くなった。

頂上につき富士山の活火山の中をみた、雲がちょうどはけていて、きれいに噴火口のえぐりが見えていた。すごく神秘的だった。そして少し歩き、山の頂上で二人で寝そべって話をした。
「これから何があっても乗り越えていけるよ」
「頑張っていけるね」って話した。
私は彼が辛かったのに、離れて自分のペースで歩いて、彼に何も出来ない不甲斐なさや、自分自身の弱さに。すごく申し訳ないと、私の気持ちを彼に伝えた。
彼は私がいてくれたから頑張れたんだって言ってくれた。
すごくありがたかった。本当に愛してる。
これから何があっても彼と共に歩んでいける自信がついた。前からあったけど、よりいっそう、そう思えた。

そして頂上は寒く、宿の近くの神社に行きお願い事をし、寒くないところを選んだ。彼は歩くと気分が悪くなる症状が続いていた。頂上で予約していた宿が開くまで一時間あったのでカッパを着て日向で休むことに。二人で身体をまるめ寝た。
私は寒いながらも、寝くて眠ってしまった。その時、彼が携帯酸素を吸う音に気づき起きた。やっぱり頭が重く、気分が悪いのが治らないって・・・。動いていないときに・・・。遅すぎだけど、その時初めて彼の身体に異変が起きてるのに気づいた。

高山病。
もうここに、いてはいけないと思った。
そして少し横になることにし横になったけど、あまり変わらず、「下山しよう」と彼に言った。彼は私のために拒否してたけど、どうにもならない体の辛さに、これ以上いることを諦め下山することにした。
彼が私のこと考えて頑張ろうとしてくれること、言わなくても分かる。彼はいつもそう。
私のために、私のことだけを考え、いつも自分は後回し。無償の愛をいつも与えてくれる。そんな彼にいつも感動させられ、学ばされる。すごく深い愛の持ち主。私も無償の愛をいろんな人に注げる大きな人になりたいと、いつもそう思うんだ。
彼の気持ちは分かり過ぎる。だから私も彼が諦められる言葉を知っている。彼は私のことばかりになってしまうから、私が調節しないといけないんだ。

「ごめんね」
って申し訳なさそうに言う彼に元気付けようと
「二人が一番じゃないと意味がないじゃん」
って言いながら、弾んで階段下りた。
着地の仕方が悪く足を捻ってしまった。泣きそうになるくらいの痛みを感じた。

まだ、頂上から3歩目・・・

うずくまったまま動けなくなり涙が出いるのを我慢し、痛みを踏ん張りしばらくうなった。今までに感じたことないくらい痛みだった。
どうしよう・・・彼が知ったら「下山しなければ良かった」って自分責めてしまうと思った。少し落ち着いてから、「大丈夫」って笑った。下山しようって勢いよく下り始めた。

でもやっぱり足が痛く、前を歩いてた私は彼を前に行かせ、左足をカバーしながら下った。とにかく異常な痛みだったし、これからもっとひどくなるって思ったから、とにかく今のうちに、できるだけ下山しようと必死に走っただった。
止まったら最後、痛みで歩けなくなってしまう。とにかく下ろうと思ってた。
彼が少し休みたいって言ったけど、休憩して少しでも足を休ませたら、もうこの痛みを今みたいに麻痺させられないと思い、休憩はほんの少しにし、とにかく下った。
もう痛くて痛くて冷や汗が出てきてた。でも痛みに集中しちゃうから痛いんだと思い、違うこといっぱい考えようとした。

人って辛いことがあると、そこだけに全身全霊がいってしまい、辛さだけでエネル源タンクがいっぱいになってしまう。
そうなってしまったら、もう悪循環の回転でさらに辛くなる。
辛さに集中すると自分を追い込み、自分に追い込まれる。そして辛さから逃げられなくなる。

辛い事実、それは変えられない、自分が変えることができることって、自分の気持ちだけなんだよ。自分次第で辛いだけで時間が過ぎるか、いろんな方向から自分をみれるか、柔軟性があるかって、こういうことなんだと思う。執着しすぎないこと。
辛さから、逃げ出す方法はただ一つ・・・自分の気持ちと向き合うこと。
人生も自分の気持ち次第なのかな

そう自分にいい聞かせながら、とにかく下った。
どのくらい下っただろう・・・あまり覚えてない。でも限界だった。絶対なんとかいけると思ってたけど、もう足が限界だった。もう歩けないかもしれないって思った。
それから少しして足を履くだけで痛みが走り、じっとしてるだけでも痛くなってしまった。これからどうやって帰ろう。彼に負担をかけず、迷惑かけず、どうやって帰ろうって。

そして片足でケンケンで下り始めた。彼が肩を貸してくれ、彼に頼り下り始めた。まだ8合目を過ぎたくらいだった。岩場が多く、ケンケンでは難しくて、でももう足はこれ以上つけなかった。
足がつけないなら手を使おうと思い、お尻をつき、両手をつき左足をあげ右足で身体を支えた。そして3本の手足で下っていった。岩場の荒いくだりはそれで行った。そしてなだらかな道ではケンケン、少し急な道ではお尻ですべっていった。そうやって休みながら下っていった。

彼は肩を貸してくれ、私が体重をかけてるからすごく疲れるし、私がお尻ですべるから、私の荷物もってくれ、本当に負担をかけた。本当に辛かった。でも帰るには進むしかなかった。前へ前へ進むしかなかった。
足1本使えないだけで、こんなに辛くて大変で。でも手を使って私は前へ進める。前に進まなくちゃならなかった。だって下山しないと・・・ゴールは確実にあってそれへと向かう。でもすごく長い道のりで、つけるのか、足や体力はもつのか未知なる不安だった。でも私は進まなくちゃならなかった。

多少の不便はあっても、一歩一歩進んでいけば下れる、下山できると思い、踏ん張っていった。片足のない下山は想像していたよりも辛く、体力も限界を感じる事が多々あった。でも私が揺るいだら、全てが終わってしまう。私がいけるという精神力が何より必要だった。
彼に負担をかけていて申し訳ない思い、だからこそ頑張らないと。それが何よりの励みになり、活動源となった。

7.5合目で途中すれ違ったおばさんが「大丈夫?」と声を掛けてきてくれた。ただ事じゃない下山の仕方。大丈夫です、と笑顔で言うとおばさんは「私テーピング持ってるわよ」って言ってくれた。巻いたほうがいいんじゃないかって。ものすごく胸打たれた。おばさんの優しさに涙がでそうになった。「でも巻き方が分からないの」って言うおばさんに、後ろで休んでた人が
「テーピングは持ってないけど巻き方は分かります」って言ってくれて、人の親切に触れ本当に嬉しくて、涙がでた。

今まで頑張ってきた足は、ズボンを上げるとぼこって腫れていて、とてもひどかった。靴を脱ぎさらにびっくり張れが尋常ではなかった。「よくこんなんで降りてきたな」って、その場にいたみんなが言ってた。私もそう思う。ものすごい精神力だ。
痛さを認めてしまっては下れないという思い、これ以上負担をかけたくないという思い、とにかく下山しないとっていう思い。その思いがここまで自分を支えてきた。
巻いてくれた人が、「これはひどすぎるし救護隊のところへ行ったほうがいい」と言った。でも救護室は8合目にあり、はるか上に感じる8号目、あそこまで登れる自信はなかった。
「二人支える人がいればいいんだけど」、って言った時に、近くで見てた若い男の子たちが、「俺たち大丈夫だよな」って言ってるのを聞き、人の優しさ、暖かさにすごく感動した。

それでも下ることにした。次の7合目まではまだまだ遠かった。気合をいれ、みんなの優しさに感謝し前へとすすんだ。ケンケンは思った以上に辛く、彼も辛そうで申し訳なかった。岩を下る手や足も痛くなってきて疲れが出てきた。すべるお尻も痛く、はいてたレインコートのお尻が破けてきた。すべれば岩が後ろから落ちてきて、腰などに当たる。手はするし痛みもある。挙げれば切りがないほど苦痛なことは多かった。
でもすれ違う人の優しい掛け声や心配な言葉、何より彼の言葉が支えとなった。
彼がいてようやく下れる。彼にすごく申し訳なくて、すごくありがたくて、自分も辛いのに励ましてくれる気持ちが嬉しくて頑張れた。身体も限界だった。あるのは精神力だけだった。

7合目までが長く、でもようやく7号目に到着。本当に長かった。気持ちはいっぱいいっぱいで、でも先はまだまだ長い。頑張らないと・・・。そこから6合目まではさらに長かった。

もう身体も痛くてどうしようも無い時、少し知能障害のある子がいた。お母さんが「ほら降りて」って言うんだけど、疲れたみたいでなかなか降りなくて。その子を抜かし、私も少し休憩した。
前に進む体力はもう無かった。気力だけで奮い立たせ、進んでるような状態だった。後ろでお母さんの大きな声が聞こえる。「ほらっ進みなさい。」「ほらっ歩きなさい。歩かなくちゃ前に進まないんだからね!!」って。なんだか私が言われているみたいで胸をついた。歩かなくちゃ進まない。一歩一歩でも歩けば前に進む。そうすればいつかゴールに辿りつくんだ。
身体の痛みはあるが私は前へ進める。片足、両手は使えるんだから。そしてしばらく進んだが、身体が痛くてしょうがない・・・。進むことが大変で痛みも体力も限界を通り過ぎていた。

人の感じる限界ってなんだ・・・
私は限界を感じた後から、相当進んでるし頑張ってる。限界を感じたときはなんだったんだろうって。
限界って精神力の限界なのか。私はもうだめだって思ってない。でも身体はもう力尽きようとしていて、でもまだ頑張れる。自分がもう頑張れないと決めたら、もうそこから頑張れないと思う。
私はまだ体力の限界ではない。気持ちが負けそうになってるだけ。だって無理だって思ってから、ずっと頑張り続けられてるんだもん。結局、人って体力に限界を感じるんじゃなく、精神力に限界を感じるんだろうな・・・。いろんな理由をつけて正当化する。自分が負けてるんじゃないって。だから極限の人は頑張るけど、それ以上じゃなければ頑張らない。
だって体力が辛いから。頑張れる気がなくなるんだ。
人って弱い生き物なんだなと思った。

私は今まで、どれだけ限界まで頑張ってきたかな。全力疾走が何よりで、そう思って人生を生きようとずっと思っていたけど、きっと何かにつけ理由探して逃げてること多いんだろうな・・・。頑張りたい。本当に限界まで頑張ったって思えるくらい頑張りたい。しばらくまた進み、ぼろぼろになったズボンも、軍手も足も手も、痛みに耐えながら、気力に耐えながら進み続けた。

隣では彼が二つの荷物を持ち息を切らしてる。私を支え、身体も辛いのに必死に。私が少しでも楽なようにって気を使い歩き続けてくれる。本当に申し訳なくて・・・。そして、すごく辛くて「休憩しよう」って言った。体力は底をつく勢いで、もうゴールできる自信がなかった。

最初は、何が何でも下山するんだと思ってたけど、現実問題もう無理なのかなって・・・。すごく自信なくて、不安もあった。でも彼がこんなに支えてくれて、私はちゃんと帰らなくちゃって、これ以上、迷惑掛けたくないって必死だった。でもすごく辛かった。

その休憩の時、彼が
「(私)は一番今何が辛い?今辛いと思うこと
 一つずつ解決していこうよ。」
って言ってくれてた。
それを聞いて、足を怪我してから私は初めて涙流して大泣きした。ずっと我慢してた。絶えなくちゃならない、しっかりしなくちゃならないって思ってた・・・。その糸がふっと切れたように涙が溢れた。
「(彼)に負担をかけてしまってるのが一番辛い。」って言った。体の痛みは私が我慢すればいい。でも彼への負担はどうにもできない。それを私のために頂上から、この6.5合目まで私を励ましながら、心配しながら、気使いながら降りてきてくれた。

今、私は一人では生きれない。彼がいるから下山できる。彼がいるから頑張れる。彼のおかげで人として成り立っているのだと。
こんな大変な時に、自分も辛いのに、私のために必死になって頑張ってくれる彼。こんな人と出逢えて一緒になれて本当に幸せだと改めてそう思った。泣いてしまった後、少しすっきりして、また新たな気持ちで頑張った。

またしばらく下りた時、息子と下山していたおじさんが私たちに声を掛けてきてくれた。
「大丈夫?荷物もってあげるよ。」
すごくありがたい言葉に感謝し、「大丈夫です」と言い、また下った。そして、しばらく下って行くと、さっきのおじさんが待っててくれて
「このペースで行ったらあっという間に暗くなっちゃう。
 間に合わないと、真っ暗になってもっと危なくなる。
 生きてるほうの足まで悪くしちゃうし、頭でも
 打ったら大変だし早く下らないとだめだ。
 荷物もって行ってあげるから彼氏は彼女を支えるのに
 専念しな」
って言ってくれたので、その気持ちに甘えることにした。

すごく親切な人で
「6合目まで行ったら救護班呼んであげるから」
って、私たちの荷物をもって降りてってくれた。本当にありがたかった。感謝の気持ち、嬉しくて胸打たれる気持ちでいっぱいでまた、頑張れた。荷物がなくなった彼は「体が楽になった」と言って、またスピードあげて下り始めた。最期の100メートルは、おじさんが呼んでくれた宿の従業員の二人に支えられながら無事下山した。

6合目ではもう真っ暗でライトを照らさないと見えない状態だった。おじさんとその子供がライトを照らしてくれた。6合目からは道もなだらかで、なんとか5合目まで下山することができた。

頂上から降りて6時間が過ぎた。ここまであまり休憩もせずに頑張ってきた。本当によく下ってきたなと思う。彼と周りの人の助けでここまでこれた。本当にありがたいと、感謝の気持ちでいっぱいで、心響く貴重な体験だった。


あの時、あの助けてくれたおじさんがいなかったら、私たちは今日帰れなかっただろう。

あの時、テーピングをくれるっていうおばさんがいなかったら、しっかりテーピングを巻いてくれるおじさんがいなかったら、足はもっとひどくなり、動かすことすら無理だっただろう。

あの時、頑張ってる子供と母親がいなかったら、あそこで一歩進めなかっただろう。

あの時、「頑張ってください」「大丈夫ですか」「シップもってますよ」っていう励ましの言葉が無かったら、根気強く頑張っていれなかっただろう。

そして、ずっとずっと、彼がいなかったら今の自分はなかっただろう。
彼がいてくれたから、頑張れた。
彼がいてくれたから、頼る事が出来た。
彼がいてくれたから、体力の限界を超えられた。
彼がいてくれたから、痛いのを訴えられた。
彼がいてくれたから、心強かった。
彼がいてくれたから、自分を保つ事が出来た。

彼がいなかったら、今回の富士登山は中途半端な形で終わっていたと思う。本当に彼の心の強さ、私を守る気持ち、私を思う気持ちを感じた。
本当にありがとう。

そして私たちを支えて下さった皆さんに、感謝してもしきれない気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました。

これからの人生、たくさんの困難が襲ってくると思う。
でも二人ならどんな困難も必ず乗り越えられるという自信が生まれた。
お互いを思いやり、お互いを理解しようとし、お互いを大切にすれば幾つもの困難、私たちなら乗り越えていける。

とても意味のあった、結婚前の富士登山。
大きな大きな山を、二人で登ることができた。




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